釧路地方裁判所 昭和36年(ワ)156号 判決 1963年7月08日
原告 西城栄一郎
被告 増川英子 外二名
主文
被告らは原告に対し、別紙目録<省略>記載の土地について、釧路地方法務局昭和三三年八月二八日受付第五七八一号所有権移転仮登記の本登記手続をせよ。
被告増川英子は原告に対し、別紙目録記載の土地について、同法務局昭和三六年五月九日受付第五九六八号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
被告らは原告に対し、別紙目録記載の土地について、同法務局昭和三六年七月一三日受付第九六二五号「四番所有権移転登記更正」登記の抹消登記手続をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告の申立
1 被告らは原告に対し、別紙目録記載の土地(以下本件土地という)について釧路地方法務局昭和三三年八月二八日受付第五七八一号所有権移転仮登記の本登記手続をせよ。
2 被告らは原告に対し、本件土地について同法務局昭和三六年五月九日受付第五九六八号所有権移転登記及び同法務局同年七月一三日受付第九六二五号「四番所有権移転登記更正」登記の抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二、被告増川、同寺島の申立
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者双方の主張
一、請求原因
1 本件土地はもと訴外西城かよの所有するところであつた。
2 原告は、昭和三三年七月三日、同訴外人と「かよ死亡の時本件土地の所有権を原告に移転する」旨の死因贈与契約を締結し、さらに、これを原因とする釧路地方法務局昭和三三年八月二八日受付第五七八一号の所有権移転仮登記を受けた。
3 訴外かよは昭和三六年一月二〇日死亡し、被告らは同訴外人の共同相続人となつた。
4 本件土地については、右相続を原因とし被告増川を取得者とする釧路地方法務局昭和三六年五月九日受付第五九六八号の所有権移転登記及び、錯誤を原因とし、被告三名を取得者(持分各三分の一)とする同法務局受付昭和三六年七月一三日受付第九六二五号の「四番所有権移転登記(右第五九六八号の登記)の更正」登記がなされている。
5 よつて、原告は被告らに対し、前記仮登記の本登記手続を求めると共に、4記載の各相続登記の抹消登記手続を求める。
二、被告後藤の答弁
原告の請求原因事実をすべて認める。
三、被告増川、同寺島の答弁及び抗弁
1 答弁
請求原因1、3、4、記載の事実を認める。同2記載の事実のうち、原告が本件土地について仮登記手続をしたことを認め、死因贈与を受けたことは不知。
2 抗弁
死因贈与が認められるとしても、原告は、訴外かよより、本件土地を含む同訴外人所有の一切の財産の死因贈与を受けたものであつて、右贈与は、被告らの遺留分を損うものであり民法九〇条所定の公序良俗に反するものとして無効たるを免れない。
四、抗弁に対する答弁
原告が訴外かよより同訴外人所有の全財産の死因贈与を受けたことを認め、法律上の主張を争う。
第三、証拠<省略>
理由
第一、本登記手続請求について
一、被告後藤に対する請求について
原告が本登記手続請求の原因として主張する事実は、原告と被告後藤との間において争がなく、右事実によれば、原告の被告後藤に対する右請求は理由がある。
二、被告増川、同寺島に対する請求について
1、訴外かよが本件土地を所有していたこと、本件土地について、原告を権利者とする釧路地方法務局昭和三三年八月二八日受付第五七八一号の所有権移転仮登記手続がなされていること、訴外かよが昭和三六年一月二〇日死亡し、被告らが相続人となつたことはいずれも当事者間に争がない。
2、成立に争のない甲第二号証、証人沢野浩の証言により作成名義人の作成文書として真正に成立したと認められる乙第一号証の三及び証人沢野浩の証言、同千葉博の証言、被告本人後藤八千代の供述ならびに原告本人の供述によれば「訴外かよは、久しい前夫を失い、その後は子女あるいは孫と同居していたが、そのすべてがあるいは他家に嫁し、あるいは独立してかよのもとを離れたため、昭和三一年頃からは独り住いをするのやむなきにいたつた。かよは、高令でもあり、また、同居の親族もいなかつたので、この頃より、自らの死後に思いをめぐらすようになり、昭和三三年七月三日頃、かよの実子(戸籍上は親子関係がない)であり、日常その身のまわりの世話をしていた原告に財産を譲り、かよの家の祭祀の主宰を委ねようと考え、かつて土地の売買で依頼したことのある司法書士沢野浩を招き、かよが死亡したときは本件土地を含むかよ所有の全財産を原告に贈与する旨の契約書(乙第一号証の三)を作成せしめた。原告は、この贈与を受け、同年八月二六日頃、右沢野をかよ方に招き、かよとともに本件土地について右贈与を原因とする仮登記手続をするよう依頼した。沢野はこの依頼に基き前記1の仮登記手続をした。」ことを認定することができる。
また、前掲各証拠によれば、訴外かよ及び原告は右贈与契約について公証人赤野敬止に嘱託して公正証書を作成したこと、かよはこの公正証書の正本を肌身離さず保管し、近所つき合いをしていた訴外千葉博やかよの実子である被告後藤にこれを示し死後の処置につき安心している旨語つたことを認定しうるのであつて、右事実も前記認定の贈与の事実を裏付けるに足りるものといえる。
もつとも、証人西城千代の証言及び被告本人増川英子の供述ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は久しい間訴外かよより勘当同様の扱いを受けていたが、昭和三二年頃よりかよ方にひんぱんに出入するようになり、かよの歓心をひくよう努める一方、かよと被告増川、同寺島らとの離反を画策した事実を認めうるのであるが、この事実のみをもつてしては、前段の認定を覆すことはできず、他に前段の認定を左右するに足りる証拠はない。
3、被告増川、同寺島は、訴外かよと原告との間の前記贈与契約は遺留分に関する民法の規定にもとるものであつて公序良俗に反し無効である旨抗争するのであるが、民法が遺留分権利者のため、贈与等の減殺請求の制度を認めているところからみて、遺留分権利者を害する贈与がそのことの故に公序良俗に反し無効であると断ずることはできない。被告増川らの抗弁は採用の限りでない。
4、以上によつて明らかなように、原告は訴外かよより本件土地の死因贈与を受けたものであり右贈与はかよの死亡により効力を生じたものというべきである。
してみれば、被告増川、同寺島は、かよの相続人として、原告に対し、前記1の仮登記の本登記手続に協力する義務を負うものといわなければならない。
三、以上のとおり、原告の被告らに対する本登記手続請求は理由があるからこれを正当として認容すべきである。
第二、相続登記の抹消登記手続請求について、
一、1、訴外かよが昭和三六年一月二〇日死亡し、被告三名がかよの相続人となつたこと、本件土地については、右相続を原因とし、被告増川を取得者とする釧路地方法務局昭和三六年五月九日受付第五九六八号の所有権移転登記及び錯誤を原因とし、被告三名を取得者(持分各三分の一)とする同法務局昭和三六年七月一三日受付第九六二五号の「四番所有権移転登記(右第五九六八号の登記)の更正」登記がなされていることはいずれも当事者間に争がない。
2、よつて、まず、原告が被告らに対し右各登記の抹消登記手続を請求する利益を有するか否かについて判断する。
(1) 一般に、所有権に関する仮登記をした後その本登記を申請する場合において登記上利害関係を有する第三者があるときは、申請書にその者の承諾書またはこれに対抗しうる裁判の謄本を添付しなければならず、右要件を具備した本登記の申請がなされた場合には、登記官吏は、その本登記をなすと同時に、右第三者の権利の登記を職権で抹消することになる(不動産登記法一〇五条、一四六条)。したがつて、仮登記権利者は、本登記後あるいは本登記と同時に、右第三者に対しその登記の抹消を求める必要がなく、原則としてかかる訴の利益を有しないものというべきである。しかし、右第三者に対抗しうる裁判とは、通常、仮登記を本登記にすることについての承諾を命ずる形式の判決と解せられるが、仮登記権利者のために利害関係人の権利の登記の抹消を命ずる形式の判決であつても差支えないものと解せられる。したがつて、仮登記権利者は本登記申請をする際に必要な裁判の謄本を獲得するため、なお登記上利害の関係を有する第三者に対しその登記の抹消を求める趣旨の訴を提起する利益を有するものと解すべきである。
(2) ところで、本件において被告らは原告が本登記をなすにつき登記上利害関係を有する第三者であろうか。前記第一に認定した死因贈与は、訴外かよの死亡によりその効力を生じ、右贈与に基く権利の変動は、かよと原告との間に生じたものというべく、したがつて、かよの相続人である被告らは右権利変動の当事者ではないのであり、ただ、かよの相続人としてかよの原告に対する本登記義務を承継したにすぎず、原告が本登記をなすにつき登記上利害関係を有する第三者というべきである。
(3) 右の理由により、原告は被告らに対し前記各登記の抹消登記手続を訴求する利益を有するものと考えられる。
二、被告らが前記一、2、(2) のような地位にあり、また、原告が前記第一のとおり、死因贈与により、本件土地の所有権を取得したものである以上、被告らは原告に対し、原告が本登記をなすにつき承諾を与える義務があり、この意味において、被告らは原告に対し相続登記を抹消する義務を負うものといわなければならない。もつとも、原告は被告全員に対し、取得者を被告増川とする釧路地方法務局昭和三六年五月九日受付第五九六八号の所有権移転登記の抹消を求めているが、右登記は被告増川のみがこれを抹消する義務を負うものというべきであり、その余の被告はかかる義務を負うものではない。
したがつて、原告の抹消登記手続請求は、右限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却する。
第三、よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川崎義徳)